私たち全日本男子プロテニス選手会は、(公財)日本テニス協会に対し、スペシャルイベント管理規程(管理細則)について意見書を提出しました。
この意見書は、日本テニス協会の定める「スペシャルイベント管理規程(スペシャルイベント管理細則)」の廃止を求めるものです。
スペシャルイベント管理規程は公式戦以外のイベントに関するルールで、著名プレーヤーが参加する大会に適用されるものです。
規程によれば、著名プレーヤーの出場するイベントは事前の承認制とされ、重要な公式戦と重なっているときは承認されないものとなっています。承認された場合でも、賞金の10%あるいは55万円を協会に支払うことが必要とされています。
このように、この規程はプロテニス選手の出場するイベントに大きな制約を加えるもので、選手の活動の場が減るのはもちろん、協会以外の方々(選手会も含みます)がイベントを企画実施するのにも支障を来す規程となっております。
意見書はこの規程自体に異議を唱えるものとはなってしまっていますが、日本テニス界の発展のための提案と考えています。
また、規程の改廃につき、日本テニス協会側との意見交換も要望させていただきました。
以下、意見書の全文を公開します(※)。
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一般社団法人全日本男子プロテニス選手会(以下、「選手会」といいます)は、貴協会の制定するスペシャルイベント管理規程(スペシャルイベント管理細則。以下、単に「本件規程」といいます)に関し、下記のとおり意見を述べます。
第1 意見の趣旨
1 本件規程を廃止していただきたい。
2 本件規程の廃止が直ちには難しい場合は、本件規程の改廃について意見交換をさせていただきたい。
第2 意見の理由
1 本件規程の概要
貴協会におかれましてはすでにご存じのところかと思いますが、本件規程の概要は、以下のとおりです。
⑴ スペシャルイベント(公式トーナメント以外のテニス競技のうち、内外の著名プレーヤーが出場するもの全て。第2条参照)について、原則3ヶ月前までの申請(第3条)と承認が必要(第4条)。
⑵ 第4条所定の事由(重要な大会との日程重複その他の事情)がある場合は承認しない(第4条)。
⑶ 承認された場合でも、賞金総額の10%、または55万円の承認料の納付を要する(第5条)
⑷ JTA関係者は非承認イベントに関与してはならず(第10条)、違反した場合の罰則は、選手の場合、初回の場合は公式トーナメント出場停止6ヶ月、2回目の場合には選手登録抹消となっている(第11条)。
2 選手から見た本規程の問題点
本件規程により、貴協会以外の大会運営主体が大会やイベントを開くことが困難となっています。その結果、選手の活動の場が相当に制約される結果となります。
まず、スペシャルイベントと重複した場合は承認しないものとして第4条で列挙された大会は、相当広範囲にわたっています。ATP、ITFの各大会はもとより、国内のJTT大会、J1大会(100万円以上)まで含まれていることから、1年の中でスペシャルイベントを開催できるのは相当に限られた期間となります。選手会としても、日本のテニスを盛り上げるために、選手会所属選手を中心とした選手が出場する様々なイベントを積極的に実施していきたいと考えておりますが、現状の制約の中でイベントを実施するのは困難です。
また、承認料も相応に高額です。本規程は内外の著名プレーヤーが参加する「テニス競技」すべてを対象としていますが、その定義によれば、例えばJTAランキング50位の選手が、小規模なテニスクラブでエキシビションマッチを行ったような場合もこれに該当しうることとなります。このような小規模でのイベント開催をしたい小規模テニス事業者が、55万円もの承認料を支払うのは困難に思われます。
こうした問題点により、貴協会以外の大会運営主体が大会やイベントを開く機会が相当に限定されてしまうこととなります。これは、つまり選手が活動する機会が減ってしまうことを意味します。わが国のプロテニスプレーヤーにとって、スポンサーを中心とした企業の開催するイベントや、その他エキシビションマッチに参加することは重要な選手活動の一環となっています。こうした活動が制約されるのは、選手にとって死活問題です。もとより私たちプロフェッショナル選手は、貴協会に登録してはおりますが、独立した事業主体として選手活動を行っているものです。貴協会への登録はあくまで選手登録であり、そのことによって、貴協会以外の事業主体が実施するイベント等への出場が制約される理由はないと考えます。貴協会が、選手の活動機会を制限するような政策を採っていることに、疑問を感じざるを得ません。
3 テニスの発展という目で見た本件規程の問題点
テニス競技の普及、発展は貴協会の重要な役割であり、本件規程自身も「テニス界の健全な発展に寄与すること」を目的としています(第1条)。しかしながら、本件規程によりイベントを開催する事業者の活動や選手活動を制限することで、テニス界の健全な発展が図れるとは思えません。
むしろ、現状は、中央競技団体が中央集権的にテニスを発展させるのではなく、他のテニス事業者などの積極的なイベント実施等によるテニス普及活動が求められる状況ではないでしょうか。新型コロナウイルスの影響により、選手の競技活動の場ばかりでなく、普及活動も大きな制約を受けたことは、貴協会のアニュアルレポート等にも記載されております。テニスをより魅力的なスポーツとして発展させていくためには、貴協会のみならず、テニスに関係するステークホルダー皆の力を合わせることが重要だと考えます。たくさんのイベント、エキシビションなどに選手が参加することで、選手の活動の場も増えますし、選手の発信によってテニス普及もより効果的なものになるでしょう。こうした活動を制約する本件規程を維持することは、テニスの普及・発展にとっても望ましくないことです。
4 法的およびガバナンス上の問題点
⑴ 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下、「独占禁止法」といいます)上問題になり得ること
本件規程は、定義されるスペシャルイベントを承認制とし、未承認のイベントについてJTA関係者を関与させないことにより、貴協会と競合してテニス競技を行おうとする事業者を排除しうる状態に置き、選手の競技活動(選手にとっての事業活動)を制約するという構造になっております。
こうした構造の競技団体の規程は、世界レベルでもしばしば問題となっています。近時、本件規程と同様の規程(競技団体が他団体の大会を承認制とし、登録選手が非承認の大会に参加した場合に除名などのペナルティを科すことなどを定めていた)を有していた国際スケート連盟(ISU)の規程がEUにおける独占禁止法に当たる条約違反と判断された事例がありました[1]。この事例は、わが国における公正取引委員会ウェブサイト上でも言及されており[2]、こうしたルールがわが国においても独占禁止法上の問題となりうることを示唆しています。
貴協会は、国内におけるテニス競技を統括する中央競技団体として、選手に登録を義務づけ、国内における大会運営において独占的地位を有しています。このことに鑑みれば、本件規程の上記構造は、その独占的地位をもって、イベントや大会などを実施しようとするテニス事業者を排除し、選手の事業活動を強度に制約しようとするものとして、独占禁止法上禁止されている私的独占(独占禁止法3条、2条5項)、または不公正な取引方法(独占禁止法19条、2条9項)に該当しうる規程であるといわざるを得ません。
⑵ ガバナンス上の問題点
貴協会は、わが国のテニス競技を統括する中央競技団体として、適切なガバナンスを構築する義務があるものと思料します。
法令遵守はグッド・ガバナンスの中心的な要素であるところ、上記⑴のような疑義を抱えた規程を維持すべきではありません。ただちに独占禁止法違反となるかどうかはともかく、その独占的な地位によりイベントを承認制とし、高額の承認料を要求し、テニス事業者の活動や選手活動を制約する姿勢は、中央競技団体のガバナンス上好ましくないと考えます。
また、中央競技団体は適正な処罰規定を定めなければならないところ、本件規程に定められている罰則はあまりにも重すぎ、均衡を欠いています。
さらに、中央競技団体には規程等を含めた情報公開が要求されるところ、他意はないものとは思いますが、本件規程をテニスルールブック上の記載に留め、貴協会ウェブサイト上の「各種規程」のページ上に公表していないことにも疑問を感じます。
5 おわりに
以上記載した様々な観点から、本件規程は規程の存在自体が望ましくなく、廃止されることが望ましいものと考えます。
もっとも、当選手会も、貴協会のツアー制度を阻害したいと思っているわけではありません。本件規程の直ちに廃止が難しければ、漸次的に制約を弱めていくという方法もあります。
本年は、いくつかの意見書を貴協会に提出させていただきました。本件規程の改廃も含め、また意見交換の機会を設けていただければ幸いです。
[1] 欧州委員会の決定(http://europa.eu/rapid/press-release_IP-17-5184_en.htm)およびこれを不服としてISUが提訴した先の欧州第一審裁判所の決定(https://curia.europa.eu/juris/document/document.jsf;jsessionid=2DF30DB06BB5796C0403EA01F85C8C90?text=&docid=235666&pageIndex=0&doclang=en&mode=req&dir=&occ=first&part=1&cid=110581)は、いずれも、ISUのルールを違法と判断しました。
[2] https://www.jftc.go.jp/kokusai/kaigaiugoki/eu/2018eu/201801eu.html
(※)一般に公開するのに不適切な情報はごく一部ですが削除・改変しました。